ここまでやるか!?
 
「ただいま進行中」の頁で経過報告してきたGod Hands Sugita氏のDKWが完成。
1/35ですよ。下の1円玉と比較した大きさを見て下さい。
凄いとか、驚いたとかという言葉も出ません。
ひたすら沈黙して、じっと写真を見て、呆れてしまいました。
世の中には相当凄いモデラーもいることは知っています。特に1/43の世界には多いですね。
でも間違いなく彼もそれに比肩する(あるいは負けない)作者でしょう。
なにしろ、これが僅かに4作目の完成品なのですから・・・。
彼も書いているように、欲をいえばここはもう少しこうしたい、ああしたいというのはありますが
とにかくこのサイズでここまでやるか、ここまで出来るのかというのが
私の実感です。
もうなんか自分の作品を見るのが嫌になりましたよ。

Kimshouse Garage オーナー
制作にあたって:
今回は、またまたオーナーから頂いたキットを製作しました。
宿題を出されて四苦八苦する学生といった感じです。
テーマは「軍用を民間機に改造」です。

とにかく小さいので、どこまで手を入れられるのか最初は全くイメージがつかめませんでしたが、
結局、エンジンフィンの自作、スポーク張り、革のシートなど、
今までと同じ方法で作ってみました。

気合をいれたところは、キャブ周辺、チェンジレバーやブレーキですが、ワイヤー張りには苦労しました。
また、キットのライトが小さい気がして自作しましたが、少々大きすぎた感じがありますし、
塗装では失敗の繰り返しでした。
タンクサイドの色はもっと深いベージュにし、光沢も出したかったです。
でもまぁ、この小さいものを、ここまでディテールアップしただけで、今回は大満足です。

Progress DKW NZ350
実車について:
ヤマハのモーターサイクル第1号YA-1(赤トンボ)のルーツとして知られるDKWは
1907年 ドイツのS.ラスムッセンによって(ラスムッセン&エルンスト有限会社)設立されました。
1919年 エンジン設計者フーゴ・ルッペが、
ラスムッセンのために25ccという小さな2サイクルエンジンを造りあげました。
それは、当時の他のエンジンとは比べものにならないほど優れたものだったそうです。
この小さなエンジンにラスムッセンは「Das Kleine Wunder」=「小さな奇跡」と名付けます。
優れた2サイクルエンジンバイクの代名詞「DKW」の誕生です。
1926年には200、250、300ccのオートバイモデルに500ccが加わり、
1928年には世界一の生産量を誇るメーカーに成長しました。
1932年ドイツの4社(ホルヒ・アウディ・ヴァンダラー・DKW)が米国資本から民族資本を守るための合併し
アウトウニオンを結成。以降アウトウニオンの1ブランドとして成長します。
1938年にはDKWでエヴァルト・クルーゲが外国人としは初のマン島レースに優勝するなどの輝かしい歴史を持ちますが
やがて第2次世界大戦開戦。
アウトウニオン全社は軍需産業に指定され、軍用車輌生産に邁進します。
このDKW NZ-350はその産物です。
重量級のBMW、ZUNDUPPの750ccに対し、2ストローク350ccは軽快な伝令車として、各前線で活躍しました。
戦後は、東西ドイツ分割により、西ドイツではそのままDKW、東ドイツではMZの名で生産されたのもよく知られています。
そして1958年2輪車生産を停止します。
後年になりますが、1969年アウトウニオン社とNSU社が合併、
社名は「アウディ NSU アウトウニオンAG」となります。
戦前戦後を通じたドイツのバイクの2大ブランドの面影がアウディに眠っているのです。
Kimshouse Garage オーナー
キットについて:
オーナーからこのキットを頂いて、直ぐに作りたい!と思ったほど 
(実際、すぐに作りましたが) 
デッサンもディテールも素晴らしいものがありました。
部品の合いも大変よかったのですが 
今回は、接合個所のほとんどが自作部品となってしまったため 
その素晴らしさを実感できずに 
終わってしまいました。
ディテールアップの関係で様々な個所を薄く削ったりしましたが 
もともとのデッサンの方が実車に近いように思います。
流石、世界の田宮模型ですね。
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